東京高等裁判所 昭和27年(ネ)1077号 判決
本件は昭和二十八年五月二十日に被控訴人のなした本件仮処分命令申請の取下によつて終了した。
二、事 実
控訴代理人は「原判決を取消す。本件につき東京地方裁判所が昭和二十六年十一月十六日なした仮処分決定を取消す。被控訴人の本件仮処分命令申請を棄却する。」との判決を求め、なお、被控訴代理人のなした取下には異議がある故、右取下はその効力を生じないと述べた。被控訴代理人は、本件は被控訴人(本件仮処分の申請人)代理人が昭和二十八年五月二十日本件仮処分命令申請を取下げたから終了している。本案について、本件控訴を棄却する」との判決を求めると述べた。
当事者双方の陳述した主張の要旨は、下記のほかは原判決の事実摘示と同一であるからここに引用する。控訴代理人において、被控訴人は、訴外中野重孝の白紙委任状が改正商法施行前に作成されたものであることを知悉しながら本件株式を取得したものであるから、本件株式を取得するに由ないと述べた。
<立証省略>
三、理 由
先ず、被控訴代理人が当審での昭和二十八年五月二十日午前十時の本件口頭弁論期日になした本件仮処分命令申請の取下によつて、本件が終了したかどうかの点について判断する。
本件は、被控訴人の仮処分申請に基いて東京地方裁判所が発した仮処分決定に対し、控訴人から異議を申立てたので口頭弁論として繋属し、東京地方裁判所で判決によつて右仮処分決定を認可し、控訴人が右判決に対し控訴を申立てたので当裁判所に繋属したのである。元来仮処分命令に対する異議は、仮処分命令申請の当否を口頭弁論を開いて再審理し、終局判決で裁判することを求める申立てであつて、口頭弁論を開かずになした仮処分決定自体の当否を直接に審判の対象とするものではない。ただ口頭弁論を開いて再審理をした結果、仮処分命令の申請が理由があれば、さきになした仮処分決定を認可し理由がなければ仮処分決定を取消しているが、前者の場合は、同一の仮処分を改めてなすことを避ける便宜上なしているに止まり、後者の場合は、仮処分命令申請自体が理由がないから、右申請に基いて発せられた仮処分決定自体を存続さすべきでないとの趣旨で取消しているに止まつて、異議によつて開かれた口頭弁論の審判の対象となるのは、あくまで仮処分命令申請の当否であつて、仮処分決定自体の当否ではない。従つて、仮処分決定をなした当時には仮処分の申請が理由があつても、異議に基いて開かれた口頭弁論終結当時に理由が消滅していれば、裁判所は当然仮処分命令申請を理由なしと認めて、さきになした仮処分決定を取消して仮処分命令申請を却下すべきなのである。保全処分に準用せられる民事訴訟法第二三六条及び第二三七条の規定によれば、仮処分債権者はいつでも保全処分命令申請の取下げをなし得て、取下があれば保全訴訟は繋属なかりしものとみなされるから、仮処分決定が既になされている場合には、これによつて当然失効するわけであつて、債務者からの異議申立があつたからとて、保全処分申請の取下ができないわけではない。ただ問題となるのは、第二三六条第二項が準用されて、債務者が異議を申立てた後、殊にそれに基いて口頭弁論が開かれた後には、債務者の同意がなければ取下げの効力が生じないことになるかどうかであると思う。もともと第二三六条第二項によつて訴の取下の効力を被告の同意にかからしめているのは、被告が請求棄却の判決を得て再びその請求について訴を提起させる危険をなからしめようとする利益を保護するために外ならないから、保全訴訟の場合に、債務者がこれと同じような利益を有しているか否やによつて、第二三六条第二項が準用されるかどうかをきめるべきことと思う。異議の申立によつて口頭弁論が開かれ、債権者の保全処分命令の申請が却下せられ、その判決が確定した場合でも、通常の訴訟事件においてのような本案の請求権の存否-本件の場合についていえば株主総会決議の存否-というような実質的確定力は生じない。この確定力は保全訴訟の本案訴訟の本案判決が確定した場合に限つて生ずるので、保全訴訟での債権者敗訴の判決の効力は、わずかに、同一の条件で債権者から債務者に対し同一内容の保全処分命令の申請がなされる場合にのみ及び、その保全処分命令の申請が右判決の効力で却下されるに止まるものである。従つて、本件の場合に、債務者の主張が理由あり、判決でさきになされた仮処分決定が取消され、本件仮処分命令の申請が却下され、その判決が確定したとしても、被控訴人主張の株主総会の存在が確定するわけではないのである。被控訴人がさきに仮処分決定を得るについて、控訴人に対して供した金三十万円の保証も、控訴人が右仮処分決定が不法なる場合に、被控訴人に対して有する損害賠償債権を担保するものであるが、控訴人が右損害賠償債権を有するか否やも、それを訴訟物として別訴を提起して初めてきまるもので、本件の仮処分を異議訴訟で取消したとしても、なんらの関係もないことは上段で説明したとおりである。従つて通常の訴の取下の場合とは異り、保全訴訟の場合に、債務者の同意がなければ債権者は仮処分申請の取下を有効になし得ないと解したとしても、控訴人の利益は上記説明のように極めて少いものであるから、保全訴訟手続には第二三六条第二項は準用せられないと解するのが相当である。
さうであるから、被控訴人が昭和二十八年五月二十日午前十時の本件口頭弁護期日になした本件仮処分申請の取下は、控訴人の異議にかかわらず、直ちにその効力を生じ、本件訴訟はそれを以て終了したものといわなければならない。しかして、その点について当事者間に争があるから、このことを明にして主文のように判決する。
(裁判官 柳川昌勝 村松俊夫 中村匡三)